修学旅行の部屋決めの際に、口数が急に減る生徒がいる。

望んでいないメンバーと一緒になったかもしれぬ。

「これでいいですね」と先生が最終確認する前に、
「ちょっと時間が足りないねえ。次の授業があるから最終確認は明日ね」

その日のうちに
口数が減った生徒をさりげなく別室によび話を聞く。

「実は・・・」

大した理由でなくても、あっても、良い。話を聞くだけでもいいのだ。
大きな理由ならば解決に動くしかあるまい。
身勝手な理由なら、ほかの先生の協力も得て説得するしかあるまい。

民主的に決めても親から

「うちの子が外されたみたいです。もう就学旅行は行かせません」と、お言葉が来る。


つまり、
部屋決めの時、教室内の表情は真剣に見て回る。
気になったら、その日のうちにさりげなく呼ぶ。


これができない先生とできる先生は、違う。


責任回避のための目配りは大変重要なのだ。 


(いくら民主的に決めても、身勝手な理由で無口になったりする生徒は、責任をこちらに押し付けてくる)

つまり、
先生の責任にならない=生徒の話を聞いて、共感するところは共感する。間違っているところは説得する
ということである。


こういったところで「忙しさ」が生まれるのであるが、保護者から「お言葉」が来たらもっと忙しくなる。また、生徒との関係も悪くなり、クラスも乱れる。


ざっくり書いたので 書き直します。